河北新報・微風旋風8 2004年2月26日掲載分

雪国の暮らし



 東北に移り住んでから、まもなく三年がたとうとしている。駿河湾に抱かれた温暖な気候のなかで二十歳過ぎまで暮らしてきた私にとっては、雪深い東北の冬は、決して楽なものではなかった。
 私の育った町では、雪など十年に一度降るかどうかといった程度であり、ちょっとでも積もれば、ワクワクして、たまらずに家の外に飛び出し駆けまわって遊んだものだ。
 だが、こちらにきて、雪に対する浮ついた気持ちは、最初の年で一気に薄れてしまった。初の雪道運転で遭った猛吹雪。運転中に一瞬にして目の前の視界が遮られる恐怖を知った。そして、毎朝毎朝繰りかえされる雪かき。車を出すだけでどうして朝からこんなに汗をかかなきゃならないんだ、とむなしさを感じた。また、冬は軒下に車を止めてはいけないということも、愛車のボンネットの上に雪の塊が轟音をたててすべり落ちてから、初めて知ったのであった。雪国の洗礼を受けて、私は、ひとりこの地に来てしまったことを少しだけ後悔した、それが最初の年の冬だった。
 しかし、漸くここの暮らしにも慣れてきてから思うのは、ここで昔から当たり前に繰りかえされてきた生活風景のなかに、なんてたくさんの、そしてなんて豊かな生きるための知恵が溢れているんだろう、ということである。たとえば、カンジキひとつとってみてもそうだ。たったあれだけの単純そうな仕組みのなかに、降り積もった雪の上を安全に確実に踏み歩くための知恵がいくつも結集されている。そしてその知恵は、雪質や地形などによっても、様々に異なる。博物館の展示を見ただけではわからない。そこに暮らして、経験して、初めて、カンジキの凄さを知るのではないか、今はそう思える。
 民俗学を専門とする私は、ここで暮らす人たちの息づかいにどれだけ近づけただろうか。ここ東北での暮らしの毎日が、私にとっては大切な勉強の場なのだ。




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